仏 像と仏師の世界 日本の仏教美術を今日に伝える名仏師たちとその作品 仏 像彫刻の鑑賞に役立つ知識情報も満載

  • 仏像コミュニティ ぶっこみ!
  • 仏像彫刻入門セット(DVDつき)
  • 仏像彫刻プロ仕様セット
  • 黄金のおりん
  • l>
現代の名仏師
櫻井覺山(さくらい かくざん)・櫻井琮夕(さくらい そうせき)

櫻井覺山(さくらい かくざん)
櫻井琮夕(さくらい そうせき)

「永遠に信仰の対象としてあり続けるお姿を目指す
一般の方にとって分かりやすい仏像の見せ方を常に意識する」


作品のご紹介

画像をクリックすると、大きい画像をご覧いただけます。

  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品
  • 作品

Profile:櫻井 覺山

1978年
父、京仏師櫻井琮山の次男として生を受ける(本名 健造)
1983年
兄、精太郎と共に彫刻刀を握るようになる
1993年
第30回宗教美術展 初出品 (以降毎年出品)
1994年
父、琮山に内弟子として入門
以降、琮山の造仏助手としてすべての造像に参加
1997年
第24回京都産業工芸技術コンクール
『阿弥陀如来坐像』新人特別賞
1998年
第25回京都伝統産業技術コンクール
  『世親菩薩』奨励賞
2000年
第27回京都産業工芸技術コンクール
  『梵天』入選
2006年
KBSカルチャー 仏像彫刻教室講師就任
2007年
株式会社京都科学 仏像修復室にて古典仏像の修復技術を習得
2008年
雅号を「覺山」とし、小仏師から本仏師へ
2009年
KBS京都放送 「心をこめて仏様を…」放映
2010年
第49回現代仏像彫刻展 出展
2011年
四天王寺大学 仏像彫刻講座 講師就任
奈良市美術館にてグループ展 『明星塾仏像彫刻展』
宗教芸術院 KBSカルチャー教室講師、櫻井仏像彫刻教室講師
四天王寺大学 仏像彫刻講座 講師

Profile:櫻井 琮夕

1976年
父、京仏師櫻井琮山の長男として生を受ける(本名 精太郎)
1983年
弟、健造と共に彫刻刀を握るようになる
1989年
宗教芸術院 仏画教室入門
松久宗琳氏に師事
第25回宗教美術展 初出品 仏画『仁王像』
1990年
第26回宗教美術展 出品 仏画『普賢菩薩像』
1993年
宗教芸術院 仏像彫刻教室入門
第31回宗教美術展 出品(以降2004年まで毎回出品)
1995年
京都市立銅駝美術工芸高等学校卒業
松久宗琳佛所に内弟子として入門
1999年
宗教芸術院 仏像彫刻教室 本部講師就任(〜2004年)
 
2004年
松久宗琳仏所より独立
2009年
雅号を「琮夕(そうせき)」とし、櫻井佛像彫刻工房にて造像に当たる
2010年
宗教美術展 不動明王出展
宗教芸術院 本部講師に再就任
JEUGIAカルチャー池田 やさしい仏像彫刻教室 講師就任
2011年
NHK守口 仏像彫刻教室講師就任

Interview

−仏師の道に入られたきっかけを教えてください。

琮夕:木を彫ることは遊びの感覚の中から始まったが、「大きくなったら継いでくれ」と父から言われていた。中学時代に松久宗琳佛所の宗教芸術院で仏画を学んだ。宗琳先生に師事しながら仏像・仏画の技術を深め、高校も美術工芸学校へ進学した。卒業後には松久宗琳佛所に内弟子として入り、さらに仏像制作の鍛錬を積んだ。

仕事風景 覺山:僕の場合は父親の後を継ぐという使命感より、生活の中に仏像を彫る父親の姿があったので、自然に「僕も仏師として生きていく」のだと感じていた。兄と一緒に彫刻刀を使って木を削り、作ることが遊びの中に入り込んでいた。5歳くらいの時に兄と一緒に、父親から彫刻刀をもらって、四角の木材を円柱にすることを教えられた。思い返すと父にとっては自分の後を継がせるための英才教育だったのだろうけど、僕らにとって彫刻刀を使うことは、とても自然なことだった。

−仏像がある生活の中に育ち、仏師を目指すことが当然だったのですね。

琮夕:私たちは子どもをそういう風にしつけてはいないけれどね(笑) 仏師として生きていく覚悟を決めた今では、小さいころから多くの仏像に触れさせ、また彫刻刀に使わせてくれた父に感謝している。

覺山:僕は中学校を卒業すると、父の手伝いとして工房に入った。他の工房に弟子入りする話もあったが、父と共に彫ることで感性を譲り受けたかった。

−ご自身の作風としては?

仕事風景琮夕:作風、と呼べる物があるというより、今はさまざまな仏像を知り、その優れた点を学んでいる段階。どのような仏像でも柔軟に作れるのが強みと思っている。

覺山:僕が歴史上の仏師の中で、特に尊敬しているのは定慶。定慶という方は鎌倉時代だけでも二人おられそれぞれ優れた作品を残されている。一人は興福寺を中心として活躍した春日定慶。
リアリズムを追求しながらも仏として娑婆に現れた様を見事に具現化されているように思う。
もう一人は肥後別当で千本釈迦堂の六観音を作られた方。こちらも衣の質感や体のバランス、指の一本一本に至るまで注意が払われており、非常に優れている。僕も自分の作風を持つというより、そうした方の古典の技術を忠実に学び、制作に生かすことを重視している。

−運慶・快慶と同じ慶派の方ですが、定慶の特長とは?

覺山:運慶は生命の躍動感、快慶は装飾性の特長があると言われるが、定慶については仏像としてのリアリズムの安定性がより目立つ。信仰の対象として、永久不変に変わらぬ姿を目指して作られていたのだと思う。

−特に得意とされる仏像を教えてください。

琮夕:自分が得意としているものは言いにくいが(笑) 
覺山については菩薩像と如来像。それぞれ柔らかさと厳しさの表現力が求められる仏像だが、その表情の見せ方が優れていると感じている。どのように表情を見せるかという道具立ての研究にこだわりがあり、勉強熱心なこともあって毎回違う作品となって面白い。経験が長い仏師には作風を確立されている方もいるが、若い間は試行錯誤を積むことで晩年の大成があると考えている。

覺山:兄が得意とするのは憤怒像。目じりの細かな造作など、見せ方によって大きく印象が変わる仏像をどう表現するかという技術がある。一般の方も含め、見られることを意識した仏像制作が特に尊敬できる。

−ご兄弟で仏像制作をされることで、お互いの長所を生かされているのですね。ありがとうございました。