仏 像と仏師の世界 日本の仏教美術を今日に伝える名仏師たちとその作品 仏 像彫刻の鑑賞に役立つ知識情報も満載

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関 侊雲(せき こううん)

関 侊雲(せき こううん)

「憤怒を超え、すべての人々に癒やしを与える仏像の姿を目指す」


作品のご紹介

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Profile

1973年
群馬県、前橋市に生まれる 父は東京唐木仏壇工芸師
1994年
仏師、日展作家の斉藤侊琳氏に師事
2000年
年期が明ける。仏師号「侊雲」を与えられる、独立。
2006年
木彫展 Do it !! 実行委員会を設立 会長に就任
2007年
侊心会 仏像彫刻・木彫刻教室を開設、代表に就任
東京目黒・富山県富山など、全国の4ヵ所に開設
2011年
仏像彫刻・木彫刻教室は全国の10ヵ所に展開

Interview

−仏像を作り出したきっかけは?

仕事風景実家が仏壇・仏具店で、父が仏壇の製造、母が販売を行っていた。 自然と仏像に接する機会も多く、子どもの頃から関心があった。 高校を卒業して進路を選択する際に、やはり仏像制作を一生の 仕事にしたいと思い、斎藤侊琳先生に弟子入りを決めた。

−どのような仏像の作風か?

私が師事した斎藤侊琳先生は大佛師松久朋琳、宗琳両先生のもとで 学んだので、その伝統が根本にはあると思う。
 私自身の好みとしては、如来や菩薩といった慈悲深い表情の仏様に 強く引かれる面はあるが、以前は不動明王や仁王などの力強い仏像に 引かれていた。

−そうした変化のきっかけは?

斎藤侊琳先生に師事した当初は右も左も分からず、修練の毎日だった。昼間は先生の仕事を手伝わせていただき、深夜になって自分の仏像に取り掛かり、気が付けば明け方になっているという日々。そうした環境で、血気にはやる若さもあっただろうが、力の充足が一目で感じられる雄々しい仏像に引かれていた。
 独立して自分で仕事を受け、展示会を行い、また一般の方に向けた仏像教室などを始めるようになって少しずつ自分の内面も変化していったのかもしれない。

−精神的な余裕が作品に反映した?

余裕というより、自分が教えられる立場から教える立場へと変化し、展示会で多くの方に作品を見ていただくようになったことが大きな要因なのではないか。昔は自分を誇示したいという気持ちが強く、それが明王や仁王という好みに表れていた。
人々が仏像に求めていることは、力強さだけではない。一般の方が仏像に興味を持つのは、仏像自身の美しさもあるだろうが、仏像を拝観することで得られる癒しを求めてという面もある。そうしたことに気づき、自分ではなく他人のための仏像づくりを目指すことが、私自身の内面を変えていった。

−近年の仏像ブームもそうした癒しを求めてのこと?

阿修羅展の時などは、仏像教室に月に100人以上の見学者が来てくださった。今でも、月に30人前後の見学者が教室を訪れる。やはり、自身で仏像づくりに関わることで得られる安らぎなどを求めている人は多いようだ。

−これからの抱負など?

教室には老若男女、幅広い参加者の姿まずはしっかりと、若手を育成していきたい。弟子の育成もそうだが、 一般向けの仏像教室のほかに、プロを目指す方を集中的に指導する コースも用意している。今は30代、40代ぐらいで仏像に関心を持つ人 が本当に多い。プロを目指すかは別として、それぞれが目指す仏像を つくるお手伝いをできたらいいと思っている。
 もう1つは、伝統のうえで、自分自身らしい作品をつくっていきたいと いうこと。それは昔の、自分自身を仏像の形でむき出しにすることとは 違う。積み重なった伝統のうえに、微力かもしれないがこれからの伝統となるものを重ねる、それが次代の伝統になっていくのだと思う。

−ありがとうございました。